猪苗代湖にようこそ。

topimg和 敬 清 寂

人間は自分の思うように進みたいと思うのが本心である。また進むであろう。
しかし、自然とは自分の思うようにならないのが自然の場である。美しい花、木々の緑、虫の声、小鳥のさえずり、愛らしい鳥や獣などが生きていることが、人間の感性や知性に働きかけ、感動や知的刺激など、さまざまな快適さを与えてくれる。それらの多くは本来豊かな自然に囲まれて暮らしていればおのずから享受できるもので、経済価値のないものとされてきた。私たちが自然の神秘を自分の五感で発見する喜びも、自然の恵みであると言える。

しかし、周りから自然が失われるにつれて人間はそれらの快適さをお金で求めるようになってきた。逆の言い方をすれば快適さと云う自然の恵みが高く売れるほど、自然が失われている。
自然の中にある環境は即ち「文化」である。自然とはわざわざ見に行くものではなく、身近にあることが望ましい。自然は人間がいなくても大丈夫だ。人間は自然がないと生きて行けない。自然界は水を浄化し、植物や土壌環境の作用で、さまざまな環境を作り出し、生物の遺体を分解する。微生物の働きは、人間の生活基盤として欠かせないものである。風土と社会環境を守っていき、自然の中で人間は生きて行かなければならない。

パフォーマンスで人を呼び込み名声を高めお金を集めるのではなく、先に立って歩き共鳴する方々が跡を付けてくれることによって、この両者の間に心に通う者があれば共に助けあって進みたい。これは将来光輝を発することになるであろう。

ケニアの言え伝えにあるように。「地球を大切にしなさい、親からもらったものではなく、子どもたちから借りているものだ。」それは生態系の健全さを損なわない自然のそのものを表現したことわざである。今や猪苗代湖は生態系が破壊され多くの抽水植物から始まり、沈水植物や浮葉植物など異常繁茂により砂浜が失われている。これらの植物は環境汚染の原因になっていることは間違いありません。2002年~2006年まで猪苗代湖は4年連続水質日本一であった。2007年度から一転してランク外まで転落してしまった。これら生態系の破壊や誤用は私たちの子どもやその子どもたちの首を締め付けるような行為です。

山河草木鳥獣虫魚雪月花より人間萬事の有様等に解釈すれば世の中は実に極楽浄土を実現する。このようなことわざがありますが、今日は自然環境との調和を保つことにある程度人間の手を加えることが大切な事と考える。生態系を維持することによって自然環境の保全は言うまでもなくおのずと水質も改善されてくるものである。

私たちの思い出は小川が流れ、その小川にはメダカやタナゴが泳ぎ、タガイやタニシが見られた。豊かな自然を故郷として守り、上手に利用して行かなければならない。私が生まれ育ったこの地は、磐嶺の紅葉・湖上の白雲と云われていたように、磐梯山があり、猪苗代湖や裏磐梯湖沼群が存在している。冬には白鳥が訪れ、氷の芸術品「しぶき氷」や「イエローフォール」、「達沢の滝の氷」などがある。これらは自然界が生み出した「美術館」である。また雪解けが始まり爛々燃えなんとする湖畔の楊柳もまた緑滴らんとし、千条の糸を垂れております。緑豊かな山々やスカイブルーの湖、更には磐梯山嶺の躑?花は爛々とし燃え、秋には紅葉が私たちを迎えてくれます。これもまた自然界の「博物館」なのである。

また忘れられてきた古来の農作業をはじめ漁労や真の環境保全を実践している猪苗代湖の自然を守る会の会員は、国家資格は有してなくても立派な知識を身につけた「学芸員」です。これらを学芸員として伝承して行かなければなりません。

私は茶道を少々たしなんでおりますので、「和敬清寂」と云う言葉が好きです。茶道創始者村田珠光が東山時代の書院茶から侘び茶の世界を創始して、それを継承した千利休は派手好みの関白殿下に死に追いやれました。私は今まで微力ながら一歩一歩わずかな歩みではありながら環境保全活動を行ってまいりました。また今後も皆様がたの協力をいただきながら継続した活動を心がけていきたい。

私はこれらの自然環境が形成され、次第に人々が育んできたこの地を誇りにも思っているし、尊啓し、愛しています。子どもたちは恵まれた場所があれば教えなくても遊ぶのです。そんな時代に戻した場所を提供してやりたい。

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■2015年9月25日 ホームページリニューアル致しました

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